曖昧さと沈黙の理由【森博嗣】連載「道草の道標」第13回
森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第13回
【言葉の曖昧さについて】
確率の問題で、「赤玉か白玉のいずれかが出る確率は?」という問題の場合、赤も白も両方出る場合は勘定に入れない、と考える人が多い。しかし、数学では両方とも出る場合も含まれる。ここらへんが日本語の曖昧さの一つである。「コーヒーか紅茶か、どちらにしますか?」と尋ねられたとき、「両方下さい」というのはアリだろうか?
「1等か残念賞か、必ずどちらかがもらえます」というくじ引きがあったら、ほぼ1等は当たらないと思った方が賢明だ。「最短30分で駆けつけます」と宣伝しているが、3日後に駆けつけても約束違反ではないから文句はいえない。そもそも宣伝するなら、「最長」を約束するべきである。そういう言い回しで宣伝することが本来おかしい。
気象庁が警告する雨、積雪、津波などの数字は、「最悪これくらい」というものであり、それ以上悪い事態にはなりにくい(確率が低い)ことを約束している。ここが「最短」や「最高」を謳う宣伝との違いだ。このような賢明さで宝くじを宣伝するなら、「支払った金額以上のものはほぼ当たりません」となるだろう。
腰を低くして、「すみません、すみません」と謝りながら、申し訳なさそうに入ってくる人に、「そんなに遠慮しないで」といったりするが、では、「ポイ捨てはご遠慮下さい」との注意があった場合、このように遠慮しながらポイ捨てをすれば良いのだろうか?
「遺憾である」とか「残念です」という日本語も、外国人には伝わりにくい。期待していたとおりではない程度の意味が本来だから、「怒っている」「やめてほしい」という気持ちを込めているつもりなのに、わかってもらえない。
日本語に限らず、言葉というものがそもそも曖昧であり、また地域によって受け止め方がばらついている。どんな表現がどのレベルで使われるのか、たいていは暗黙のルールが存在するのだが、それを知らないと誤解を招く。
算数の問題で、「兄が出かけたあと、忘れものに気づいた弟が走って兄を追いかける、それぞれの速度と時間が与えられていて、いつ弟は兄に追いつくか?」というものがある。小学生のときに不思議だったのは、後ろから猛スピードで追いかけてくる弟に、兄は振り返って気づくだろう、弟も声を上げて呼ぶだろう、だから、もう少し早く兄は停止し、後ろへ戻るはずである、ということ。兄がイヤホンで音楽を聴いている、などの設定を入れないと事実上問題として成立しない。
「春の小川はさらさら行くよ」と僕は習ったのだが、ネットで検索したら、「行くよ」ではなく「流る」になっていた。「ながる」なんて、今はいわない。「ながれる」だ。現代の言葉遣いではメロディに合わなくなってしまったのだ。この歌を聴いて、留学生が「冬は川が凍っていたのですね」といったことがあった。暖かくなって、水がさらさらになったと解釈したらしい。たしかに、温度が高いと粘性が低くなる液体は多い。流氷のように氷が混ざっていたら、「ごろごろ流る」になるのかもしれない。
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